上鳥羽の六斎念仏に伝わる独自の用語の紹介です

いっさんうち 一山打ち (芸能)

六斎念仏の寺社での奉納において、「発願」から「結願」までの全演目を行うことをこのようにいいます。

京都では西方寺の念仏系の六斎の奉納を一山打ちとよびますが、上鳥羽など他の念仏系六斎ではこの名称はなく、主に芸能的六斎で用いられます。

上鳥羽の芸能六斎が一山打ちを行うのは八月二十二日の淨禅寺での奉納です。

かねこ 鉦講 (念仏)

講は寄りあいの意であり、もとは僧侶たちの勉学や法要の集まりを指す言葉でしたが、中世以降農村の形成とともに、民衆の様々な集まりに対して、講の名が用いられるようになりました。上鳥羽の各地区では、大峰山への入峰をする行者講、地域の地蔵を祀る地蔵講、御詠歌を唱える尼講、稲荷講などが現在も行われております。

このうち六斎念仏を行う寄りあいを鉦講と申します。現在京都の六斎念仏を伝承する保存会の多くも、昔は講を名乗って活動していたなか、青年会、そして保存会へとその名称は変化していきました。そのような気運にあっても、当講中は伝統的な名称を今も保持しております。

鉦講の名称の由来は、念仏には鉦と呼ばれる打楽器を法具として用いるためです。京都で鉦講といえば、真如堂の十夜に行われる双盤念仏もよくしられておりますが、どちらも哀愁のある独特の旋律に、鉦の音が響く念仏です。

鉦講は、六斎講や念仏講などとも呼ばれております。なお、「鉦講中」という名称も用いられておりますが、一般に「講中」というは、講の内部で講を指す場合の呼称となります。したがって、私たちが講を名乗る際には「鉦講中」という言葉を使用しております。

がわ 側(念仏)

鉦講の念仏唱和のなかで、「調書」というリード役に続いて唱和する人々のことです。

調書を中央に、また本尊の掛け軸を囲むように馬蹄形に並ぶのが基本となります。​

きくのごもん 菊御紋(念仏)

上鳥羽の六斎念仏の紋章には、しばしば菊御紋が用いられています。菊御紋は天皇家の家紋として知られています。

この天皇家の紋章が使用される理由は、上鳥羽橋上鉦講中が、空也堂を介して、天皇家の御大葬である「焼香式」に出仕していたためです。

もっとも、これは空也堂に端を有するものではなく、六斎念仏は、古くより「皇家鎮護」を祈念していたことが、干菜寺の近世初頭に書かれた『浄土常修六斎念仏興起』などにも記されており、護国思想を受けた仏教の影響が示唆されます。

このサイトのロゴマークにも、菊御紋をあしらっているのはこのためです。菊御紋以外にも、当サイトでは太鼓に使用される三つ巴紋、鳥羽地蔵浄禅寺の寺紋である桐紋、上鳥羽ジュニアの法被にあしらわれた吉原繋ぎ、空也に六斎の神託を与えた松尾明神の双葉葵紋や城南宮の三光紋など、所縁の紋を使用しています。

しょうこうしき 焼香式 (念仏)

近世後期から近代初頭にかけて、空也堂が主催した天皇家の送葬儀礼を焼香式と呼びます。

焼香式に際して空也堂から天皇家所縁の泉涌寺や般舟三昧院へ行道した時の様子が空也堂所蔵の絵巻物に描かれています。当講中に伝わる文書にも、天皇・皇后崩御の折に、たびたび焼香式へ出仕していたことがわかります。特に上鳥羽の講中は大導師となり出仕したとの文書や言い伝えがが残されており、空也堂配下の六斎講の中でも、位の高い講であったことがわかります。

しょうこうたいこ 焼香太鼓 (念仏)

焼香太鼓は、焼香式で行われた演目で、焼香式へ出仕した各六斎講中が伝えていました。しかし、近年京都の六斎念仏は、芸能六斎のみの伝承となったため、この演目を今に伝えるのは当講中のみとなっています。

この演目は、夏の清水寺や浄禅寺奉納を始め、地区の地蔵盆や大日盆に行い、見ていただく機会も多いので、講中のもっとも親しまれた演目といえます。

ただし、天皇家の崩御の折に行われた厳粛な儀礼をもとにしますので、水干を着用し、菊の御紋の金銀太鼓を用いるのが本式です。この形式は現在では特別な公演を除いては行いません。

じょうぜんじ 浄禅寺(念仏・芸能)

西山浄土宗禅林寺派。文覚開創とされ、文覚ゆかりの袈裟御前を供養する恋塚を有します。

また、京都六地蔵のひとつ鳥羽地蔵が祀られ、六地蔵巡りの際には参詣人でにぎわいます。

講中ではかつて六地蔵すべてを巡ったが、現在では鳥羽地蔵においてのみ六斎念仏を奉納しています。

だいにったん・だいにっさん 大日さん (念仏)

大日さんは、天道大日如来と呼ばれる主に石像を指します。京都各地の路地や家の前などに、お地蔵さんの祠などと並んでよくおまつりされております。これほど大日如来の祠が多いのは京都に特徴的で、他地域の密教的な大日如来の祠とは、少し祀る意味合いも異なるかと思われます。

八月の大日如来の縁日である二八日に、六斎念仏が地区の大日さんの祠をめぐり念仏を唱えます。

この時に行うのは焼香太鼓と呼ばれる演目ですが、この焼香太鼓は大日さんの時だけ、和讃を次の句に差し替えて唱和します。

 

  阿字の子が 阿字の古里立出でて また立ちかえる 阿字の古里

 

この句は弘法大師空海の作といわれ、空海の愛弟子であった智泉大徳の遷化された時に詠まれた歌といいます。

内容は、この世界のものごとのすべては大日如來の悟りそのものであるという、密教の根幹をあらわす歌です。

これは現在では御詠歌として広くおとなえされているものですが、上鳥羽では念仏として伝え、どの流派の詠歌の旋律とも異なる、独特の哀愁に満ちた旋律を付けて唱和されます。

ちょうしょ 調書 (念仏)

「調書」は、仏教音楽の「声明(しょうみょう)」において、曲のはじめを唱える役割をになう「調声(ちょうしょう)」に由来していると思われます。

曲の出だしや区切りごとに「調書」が唄うことで、後に続いて唄う「側」と呼ばれる人の音程のばらつきを抑える役割があります。

つきなみ 月次 (念仏)

当講中では、毎月23日か、その日に近い都合の良い日を選んで毎月講の集まりを行います。念仏の宿は毎月順に変わり、各講の家の安寧や先祖の供養などの御祈祷を行っています。ここで行われる念仏は、鉦曲の「節白舞」か「飛観音」のどちらかを行います。

年初めと年の暮れは、札打ち始めと終わりの和讃である「飛観音」を行う習わしとなっています。

講員は夕刻の所定の時刻になると念仏の宿に集まります。そろうと法要に先だって「花籤」とよぶ籤をひき、その後念仏を唱えます。念仏の後、小休止を挟んで廻向を行い、その後飲食を行い講中の懇親を深めます。

伝統的な六斎念仏の講の姿が、月次にみることが出来ます。

どうし 導師 (念仏)

「導師」は、念仏六斎のうち、「前回向」「後回向」と呼ばれる経文を唱えるとき、冒頭を唱えるリード役です。念仏六斎は馬蹄形(「コ」の字型)に並びますが、その中心にいるのが「導師」です。

なお、上鳥羽と郡(こおり)だけは天皇家の御大葬のおりには、大導師と呼ばれ、特別の位をもつ講とされていました。

六斎念仏の曲のリードを行う「調書」とは本来区別されています。

とばうち 鳥羽打ち(芸能)

「四つ太鼓」の叩き方の種類。上鳥羽の「四つ太鼓」は、芸能六斎の復活の時には壬生六斎から叩き方を習いました。これを「壬生打ち」と呼んでいます。

しかし、「四つ太鼓」は、各伝承団体によって、その叩き方は大きく異なります。そこで、上鳥羽の独自の叩き方を生み出しできたのが、「鳥羽打ち」です。現在では、「四つ太鼓」の演目のなかで、このふたつの叩き方を交えて行っています。

むつだいこ 六つ太鼓 (芸能)

「四つ太鼓」の叩き方のバリエーションのひとつ。

通常四つ太鼓は、四つの太鼓を「田」字型に並べてそれぞれをタイミングよく打つというものですが、「六つ太鼓」はさらにその左右にふたつの太鼓を加えたもので、より叩き方に技巧を要するものです。

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